「本文が読めなくても解ける方法」を教えない理由
中学受験国語、まやかしのテクニックを捨てて手に入れる真の実力
指導者の矜持:まやかしの授業はしない
「先生、うちの子にはこの本文は難しすぎます」
「内容が理解できていなくても、なんとか答えを捻り出せる裏技を教えてくれませんか?」
切実な表情で、あるいは消え入りそうな声で、このようなお問い合わせをいただくことがあります。
お子さんの成績が伸び悩む中、親御さんのほうが先に弱気になってしまい、「せめて点数だけでも……」と、藁をも掴む思いで相談に来られる。そのお気持ち自体は、痛いほどよく分かります。
しかし、私の回答はいつも決まっています。
「本文を理解せずに解いても、一ミリの実力にもならない」
私は、まやかしのテクニックを伝授するつもりはありません。
たとえ時間がかかっても、本文の意味を正しく理解できる読解力を、一から身につけさせます。
なぜ「裏技」を教えないのか
- 理解なき正解は、次のテストでは通用しない「幻」だから
- 「読めなくても解ける」という慢心が、読解の努力を止めてしまうから
- 中学・高校と続く「一生の教養」としての国語力を育てる責任があるから
- 入試の記述問題は、深い理解なしには1点も取れない構造になっているから
1. 「なんとなく」を卒業する覚悟
選択肢の消去法や、傍線部の周辺だけをつぎはぎするテクニック。それらは一時的な「凌ぎ」にはなっても、本質的な実力向上には繋がりません。
本文が読めていない状態で、なんとなくマークシートを埋めて正解したところで、それはもはや学習ではなく「確率の遊び」です。
大切なのは、「なぜ読めないのか」を突き止めることです。語彙力が足りないのか、文の構造が捉えられていないのか、それとも人生経験の不足からくる想像力の欠如か。
その原因から逃げずに、一文一文をじっくりと読み解く練習を積み重ねること。それこそが、結局は合格への最短距離なのです。
2. たった一回の授業でも、劇的な変化は起こせる
もちろん、入試本番までの残された時間は限られています。数ヶ月、あるいは数週間という極限状態にあるかもしれません。
しかし、私はたった一回の授業であっても、お子さんに何かしらの変化を与える自信があります。
それは、安易な解法を教えることではありません。
「あ、こうやって読めば、この難しい一文も理解できるんだ!」という「開眼」の瞬間を提供することです。
その一歩が踏み出せれば、子供は自分の力で走り出します。
3. 誠実な指導こそが、合格の土台を創る
「読めていないけれど、正解させた」という指導は、一見すると親御さんを安心させるかもしれません。しかし、それは子供の未来を裏切る行為でもあります。
入試という真剣勝負の場で、最後に信じられるのは、自分の力で文章を読み解いたという「納得感」だけです。
お子さんの可能性を誰よりも信じ、正面から「本物の読解」に向き合います。
まとめ:弱気になる必要はありません
親御さんが弱気になってしまう気持ち、よく分かります。不安な夜もありますよね。
でも、お子さんは今、一生懸命に自分の背丈以上の高い壁に挑んでいます。
その挑戦を、安易なテクニックで「低く」見積もらないでください。
正攻法で、真っ向勝負で、合格を掴み取りましょう。
本文を深く理解し、筆者と対話する。その楽しさを知った時、お子さんの国語力はこれまでの限界を軽々と超えていくはずです。